1958年生まれ/能生町出身
●漁業種類:小型底曳網漁業
●上越漁業協同組合 能生支所所属
●あけぼの丸
能生町木浦の出身で、親も漁師で地引網をしていました。なので漁師になったのは自然とですね。
来年で50年になります。(2025年時点)印象的だったのは12~13年前、ハタハタがたくさん入ったときですかね。ハタハタが10tくらい、鯛も5t。このときのことは今も印象に残っています。
今はハタハタもとれなくなってしまいましたね。
やっぱり魚がたくさん入ったときですね。あとは、若い後継者が少しずつ増えてくれるのも嬉しいです。
とれる魚が変わってきていることです。温暖化や魚のとりすぎ、色々あって資源の増減の波がかなりあると感じます。昔はいなかったマグロがとれたりなんかもそうですね。
昔よりは働きやすい環境なのかなと思います。定休日(火・土曜日)があり、他にも3日出漁して休み、2日出漁して休み、といったように港で取り決めて昔からみんなで実行しています。
港ごとに話し合うことで、みんなが平等に抜け駆けも後追いもないように努めています。
夏は鯛、秋はメギスにイカ、冬は甘エビ、赤ガレイなどをとっています。
まだ思ったことはないですね。きついなーと思ったときは帰りますからね。
魚価の安定が問題ですからね。我々漁師も自分たちの魚を売り込むために、率先して長野などで魚をPRしています。ブランド化の促進など魚の価値を上げるために工夫をしています。
能生支所はとてもチームワークが良いと思いますよ。話し合って休みを決めたり、一丸となってやっています。それとよく他県の漁師さんも来て、一緒に飲んだりして交流もありますね。
魚は味が何月何日が一番上手い!とピークがわかってしまっているのであまり食べません。10代の頃は食べていましたけどね。どんどん学んでしまった結果でしょうか。
ここは風が強いですが夏はそこまで暑くないし、冬もそれほど寒くもないので水道管もめったに凍りません。風が強いおかげで雪も少ないです。住みやすいかもしれませんね。
まだまだですよ。未だに人からたくさん助けれもらっていますし、終わりがないと思います。84歳で頑張っている勉強熱心な先輩もいますしね。